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Posted by LOGPORT運営事務局 at

2014年07月03日

ネムノキ silk tree

7月2日




棚鱗の開発畑で7~8mはあろうかという大きなネムノキがあるのに気づきました。
盛大に花を咲かせていてみごとです。
マメ科の植物ですが、花弁は目立ちません。10~20の小さな花が集まり長い雄しべを伸ばします。それがあのフワフワした刷毛のような花に見えるのです。梅雨から夏にかけて見られる花です。強い日差しにギラギラ輝いていました。



モリガメ

  


Posted by しただ郷 at 13:08Comments(0)生き物

2014年07月03日

八十里越え親子3代

history of Hatijuurigoe
7月2日


北五百川集落
village of Kitaimogawa


有名な棚田のある(日本棚田100選)北五百川集落に親子3代で120年以上を八十里越えを通ったという方がいらっしゃるとのことでインタビューにお邪魔しました。下田郷魅力発信協議会として伺いました。

現在79歳になられるかたでとてもお元気です。東北大震災までは只見町をはじめ南会津郡一帯を行商されていたということです。お爺様、お父様、ご自身も当初は八十里越えの街道を歩いて通われたそうです。ご自身は磐越西線、只見線開通後は鉄道と自転車で回り、お爺様、お父様は歩きで香川県一県もある広大な地域を回っておられたそうです。
草刈ガマ、包丁、ハサミなど金物や農家に必要なものを運び売り歩いたのだそうですが、三条名産の車麩も人気の品で会津の人たちから「麩屋さん」と呼ばれることが多かったそうです。
頼まれれば何でも運び、お父様は種豚にする子豚8頭を唐丸籠にいれて担いでいったこともあったそうです。流石にその時は、木の根峠のお助け小屋に泊まったそうです。荷で揺られぐったりした子豚を峠で下して遊ばせたら元気になって、今度は捕まえるのに苦労したそうです。それに時間をとられ泊まるはめになったとか。
笠堀の五十嵐砥(砥石)も重くて40kgは背負ったそうです。
当時、道が良かったこともありますが、8時間チョットで峠を越した(「登り四里、下り四里」)というので昔の人の体力は恐るべきものがあります。
北五百川を3時出発し、長野、吉ヶ平と経由し入叶津、叶津と辿ったそうです。
1度行商に行けば40日ほどかかり、年に3回ほど通ったそうです。
会津の方が居心地がいいくらいで、「しなた」(貴方)、「にしゃ」(お前)・・・と会津弁にもすっかりなじんでおられたようです。それも親子3代にわたるお客さんへの信用と会津の人たちの人情によることのようです。



モリガメ

  


Posted by しただ郷 at 13:01Comments(0);歴史

2014年07月03日

しただの川と子供たち

children and rivers in Shitada
7月2日




しただ郷には多くの川が流れています。それらの川は五十嵐川に流れ込み、信濃川へと下って行きます。
五十嵐川本流は水害の影響が続き濁りがとれず泥の川状態です。ですから、魚や生き物の棲めない単なる排水路化しています。
駒出川は八木ヶ鼻近く(いい湯ら亭の下)で五十嵐川に合流する川です。水害の影響も少なくダムもないので昔の自然豊かなしただの川の面影を残しています。地域の方々もヤマメの放流を続けたりして川を大切にしています。


いい湯ら亭側の駒出川(上) 生き物観察(下)
R. Komade and children


しただの子供たちに川の豊かさに触れてもらうため、NPO法人 渓流再生フォーラムの方々が近くの小学生に川遊びをしてもらいました。私もお手伝いです。
石の下を探るとカゲロウ、カワゲラ、トビケラなど川虫やカジカ、オタマジャクシ、カジカの幼魚、ゲンゴロウの仲間・・・と様々な生き物が見つかり皆大喜びです。リリースしましたよ。捕まえた生き物はキャッチ & 生物多様性豊かな川は子供にも嬉しい宝の川です。




お楽しみ魚釣りもしました。子供たちにもちゃんと釣れます。18cmもあるヤマメもかかりました。
世話する方はエサを着けてあげたり、絡んだ糸を外したり・・・と大忙しで疲れましたけどね。

こんな川が身近にあるしただ郷の子供たちは幸せだなと思います。五十嵐川も早く元の清流に戻る日が来るといいですね。



モリガメ


  


Posted by しただ郷 at 12:48Comments(0)生き物