2013年03月14日
道はよくなったが・・・
参議近衛中将
源 重基
八木屋満農こ可希
すゞし久王起出し清水八
神能恵登楚於毛婦
八木やまのこかげ
すゞしくわきいでし清水ハ
神の恵みとぞおもふ
天保九戊戌年初春
歌は天保九年(一八三八)新田重基が祖先新田義貞父子を祀る当地を訪れよんだ。
写真は昭和12年尋常科の生徒玉清水での記念撮影 歌碑は右端に
四季の移り鮮やかな景勝・八木ヶ鼻直下に、わきいでし清水があった。道行く人々は此処で一休みし、のどをうるおした。いつからか「玉清水」呼ばれてきた。
昭和48年、国道289号線の改修により、玉清水は道路の下に、今あれば名水百選級の清水だった。
玉清水のわきに歌碑があったが、国道工事のおり、近くにある八木神社境内の神域に移し現在に至る。
この歌碑か゜建立されたのは文久3年(1863)である。原石は下を流れる五十嵐川にあった巨石で通称「亀石」よんでいたものであった。天木師、黒岩岩之助・宇吉が百人近い人夫の陣頭指揮にあたり、原石(巨石)を太い綱で河原から建立場所へ引きあげた。
一時期玉清水復活の話が持ち上がったが、立ち消えとなり現在に至った。
資料 八木神社宮司 石澤さまより
写真 庭月 渡辺公作様より
ギンナン 爺
Posted by しただ郷 at 12:16│Comments(0)
│八木神社