2015年01月15日

戸数3戸まで減ったある集落

積雪2mに達した雪の中の集落。集落を見守ってきた神社も雪の中。1月14日撮影


この写真に何軒か写ているが、住んでいる家は右端で外壁が茶色の家だけ。



この集落の草創は定かでないが、歴史を紐解けば、この集落の名の由来には二つの伝説がある。
詳細に書くと長くなるので、簡単に。その一つ、義経の臣が建久年間にこの地に来て、開いたと言う説と、今一つは、吉ヶ平伝説にある、高倉以仁王御所平を御下りに関する説だ。どちらの説でも時を経ること八百年と、長い歴史のある集落なのだが。

道路と橋、その他も良くなり、今は不便な地ではない。それでも住んでみなければ分からない何かがあるのか。
一時期(年代不明)30戸ほどあったと言われている。昭和10年代は19戸、40年初め、私が商売を始めた頃は17戸であった。それから約半世紀近くを経た今は、3戸となった。悲しいかな歴史ある集落の灯が消えそうだ。

この集落には、今井様と呼ばれた里庄がいた。故に集落挙げて姓は今井、菩提寺も大谷地に在る時宗連光寺だ。
この今井様は、源義仲(木曾義仲)の重臣今井四朗兼平の末孫なりと伝わる。

 ギンナン 爺



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Posted by しただ郷 at 14:17│Comments(0);歴史
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